1953.我が青春のサウンドトラック

一青年の時から、65歳の初老のジジーイ、までの間に楽しんだ、音楽など、その時代のカルチャーを回想していきます。

モンタレーポップフェスティバル 1967  vol.2

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 この野外イベントは、僕にとって、その後の音楽少年の方向を教えてくれました。 
 
 当時の有名ミュージシャンが多数参加しましたが、ママ&パパ、S&Gはもちろん、
ビック・ブラザーとのジャニス、クウィック・シルバー、ローラ・ニーロ、ジェファーソン、モビーグレイプ、ザ・フー(イギリス勢)など、、、
きりがありませんが、何と言っても、アル・クーパー、マイケル・ブルームフィールド(ポール・バターフィールド)の格好よさでした。
当時、白人ブルースかぶれだった僕の感性に届きました。その後、彼らを追いかけて、フィルモア(今後、記事を掲載します)まで付き合いました。そして、当時、あまり理解できなかった、ソウルミュージックを聴き出すきっかけとなった、オーティス、’67のカリフォルニアにいたら、幸せだったと思いました。(ちなみに、その後、新婚旅行に、西海岸に行き、モンタレーをはじめ、音楽の思い出の場所を廻りました。
 
 「卒業」のコーストハイウェイをアルファロメオならぬ、日本車のレンタカーでドライヴしたのが、昨日のように、思い出されます。
 
 次回に続く
 
 

 

モンタレーポップフェスティバル 1967

エレキバンドでのリハーサルの時期にも、新しい音楽を絶えず聞いていました。

 

 その頃の日本では、ブリティッシュロックがメインでした。

クリームのブルース系、ツエッペリンのハード系、クリムゾン、ピンクフロイドプログレッシブ系、など、たくさんのバンドが紹介されていました。

 そんななか、本来、フォーク系の僕は、モンタレーポップフェスティバルの記事を、見ました。当時、海外の音楽、レコードは、半年遅れで、紹介されていました。

ミュージックライフ、ティーンビートなどの音楽雑誌の情報源しかありませんでした。

 

 そんな中、見つけました!

 

そうだ、これが、自分の感性に近いと、当時は音源がレコードのみでしたので、ママ&パパのライヴのLPを購入できました。ママミッシェルの美貌、ママキャスの歌唱、など、当時のカリフォルニアの空気を感じることができました。

 もう、すっかり、イギリスから、西海岸に、音楽のフィールドは変わりました。そう、フォークロックの世界です!

 

次回に続く

 

 


 

バンド結成

 一人遊びの僕も、いよいよ、バンドでギターを演奏したくなりました。
中学3年の時、同級生のM君(ドラム)、H君(ベース)、そして、僕がギターとヴォーカル。
トリオ編成で、なんと! 今、思えば、大胆にも。。。クリームのコピーを始めました。
 
 今、聞いたら、下手で聞くに堪えない演奏だったかもしれませんが、当時はとても楽しかった記憶があります。
 「サンシャインラヴ」、「スプーンフル」など、クラプトン気取りでした。
みんな、楽器をどうして調達したのか?今も不思議です。
きっと、親にねだって、それぞれ購入したと思います。
 
 当時はスタジオなどありません。実家のお店の倉庫がスタジオに変身!
呉服店でしたので、衣料品が山のように積まれていた、ちょうどいい防音壁になっていました。
ところが、ある日、隣のおじさんが、怒鳴り込み、うるさいとのこと。仕方なく、倉庫の上階のスペースに移動しました。
 
<次回に続く。>
 
 
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洋画少年 Vol.2

「洋画少年 Vol. 2」
 中学生の興味と言えば、どうして、女子です。映画のストーリーを忘れても、出演の女優は記憶に残っています。
 「太陽がいっぱい」のマリー・ラフォレ、「鳥」スザンヌプレシェット、「ブリット」のジャクリーンビセット、「いつも二人で」のオードリー、みんな、素敵でした。
 今の時代でも、十分、ファッションリーダーになれるくらい、お洒落でした。いよいよ、高校生になると、田舎町では見れない最新の映画を、東京まで旅して見に行きました。
ステーヴマックウイーンの「ブリット」、ニューシネマのさきがけ、「卒業」、S&Gの音楽、「イージーライダー」。。。きりがないくらい、楽しい時代でした。
親から費用をどうやって、もらっていたか覚えていませんが、今思えば金銭的には、迷惑をかけていたと思います。
 
 〜感謝です!〜
 
一人、大都会に行き、(このブログのこれからの「音楽少年」のストーリーでも触れますが)来日アーティスト(BS&T,シカゴ、ビージーズツエッペリン、etc)の公演のために、武道館に度々行っていました。
今思えば、幸せな少年でした。話はそれましたが、洋画少年はその後も、素敵な映画に出会っていきます。「イージーライダーサウンドは以前から知っていましたが、シアターで聴く、大音響に完全に魅了されました。
 

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では、次回に続く!

洋画少年

*ギターの方は、なかなか、進歩しない状況でしたが、隣町の楽器屋さんで、教則本を手に入れてからは、みるみる、上達しました。

チューニングのことや、基本の事ばかりですが、基本が分からないと、前には進めません!

横須賀線北鎌倉駅までの通学の電車で、教則本を毎日、読んでいたのを、思い出しました。

地元に友達がいなかったこともあり、一人遊びばかりの日々。団体行動はあまり好きでなかったので、部活動も興味がなく、すぐに、自宅に帰っていました。

 

 そんな中、ある楽しみを見つけました。

土曜の午後3時ごろだったと思いますが、テレビで土曜名画劇場(名称は不正確かも)も見つけ、洋楽にのめり込みました。主に、フランス映画でしたが、外国の文化を見て、ますます、アメリカ音楽、など、映画と音楽がセットなことを知り、外国に憧れる子供になっていました。

 

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シェルブールの挿絵を選びました。
因みに、この映画は、ミュージカルしたてなんだけど、通常と違って、セリフがないので、不思議な世界観があるように思います。
ハリウッドでなく、フランス人は自分たちのカルチャーを、もっているように感じました。
 
ついでに、ミッシェルルグランの音楽はすてきです!

第1話 音楽との出逢い

*当時13歳の僕は、中学1年。
田舎町に住んでいる子供が、いよいよ、電車で離れた街の学校に通うようになりました。
 
 今までにない、友達にあい、知らないことばかり。
音楽、映画、ファッション、楽しいことばかり、ここで、音楽の記憶をたどります。
フォークソングを知りました。
PP&M, ディラン、でも、心に残ったのは、S&Gでした。
 
 レコードを買うことも知らない子供でしたが、ラジオ(FEN)は聞けました。
街にはレコード屋さんはありましたが、自分で買いに行く勇気はありません。ギターのことも、初めて知りました。
 思い切って、父親にギターをせがみましたが、すぐに、買ってきてくれました。
ただ、フォークギターでなく、クラシックギターでした。でも、ほしいものと違くと、そこまでは、言えません。何も分からず、教則本もなく、ただただ、音源を聞いて、自分で、なんとか、弾けるようになりました。
 友達はおしゃれなギターをもっていたのが、今でも、覚えています。本当はエレキギターが欲しかったのです。でも、それは、言い出せなかったことを、覚えています。   
 
*S&Gのサウンドにひかれた僕は、何とかおこずかいをためて、レコード店にいきました。当時¥1750.と、高額のLPを手に入れました。
「Parsley Sage Rosemary &Thyme」というタイトルです。ハーヴを並べた変わったタイトルですが、皆さんもよくご存知の曲の歌詞の一部ですね。どの曲も素敵でした。
一番のお気に入りは「The Dangling Conversation」でした。夜、部屋を暗くして、レコードを回すと、不思議な気持ちになったのを、50年たった、今も、昨日のように、感じます。
 

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                                 では、次回に続く